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最高裁判所第三小法廷 昭和46年(行ツ)46号 判決

上告人

鎌苅卯三郎

右訴訟代理人

南利三

新地信重

被上告人

大阪府知事

黒田了一

右補助参加人

池田弥三郎

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人南利三、同新地信重の上告理由第一点および第三点について。

論旨は、要するに、補助参加人につき本件土地所有権の取得時効は進行を開始しないか、または本訴の提起により中断するものと解すべきであるから、本訴係属中に右時効が完成することはありえないのに、その完成を認めてこれを前提に本訴を却下した原判決は違法である、というのである。

しかしながら、自作農創設特別措置法(以下自創法という)。に基づき土地の買収および売渡しがされた場合にも、右土地の売渡しを受けて占有者となつたものにつき右土地所有権の取得時効がその進行を開始しうるものというべきであり、また右時効は、被買収者が右土地の買収計画または買収処分につき取消訴訟を提起したことによつて、中断されるものではないと解するのが相当である。けだし、取得時効の制度は、目的物件を一定期間継続して占有するという事実状態を一定の条件のもとに権利関係にまで高めようとするものであるから、占有取得の原因いかんによつて、右時効が進行しないものと解することはできないし、また、行政処分の取消訴訟は、行政庁を被告として提起されるものであつて、右土地の占有者である売渡しの相手方を被告として提起されるものではないから、同人に対する関係で当然に右時効を中断する効力を有するものと解することはできないからである。このことは、右取消訴訟における取消判決の効力が第三者たる売渡しの相手方にも及ぶこととされていることによつて、なんら影響を受けるものではない。

そして、右の場合、被買収者は、買収計画または買収処分の取消訴訟とあわせて、またはこれと別個に売渡しの相手方を被告として、右処分の取消しを条件とする原状回復の請求(土地の返還、所有権取得登記の抹消等)の訴えまたは右取消しによつて土地所有権を回復すべき法律上の地位に関し条件付権利の確認の訴えを提起する等の方法によつて、取得時効の中断を図ることができるものと解されるから、上記結論をとつても、これにより被買収者に格別の不利益を生ずるおそれがあるわけではない。

ところで、行政処分の取消訴訟は、その取消判決の効力によつて、処分の効果を遡及的に失わしめ、右処分によつて侵害された原告の権利利益の回復を図ることをその目的とするものであるから、右取消しによる権利利益の回復が不可能となつたときには、もはや取消しを求める訴えの利益は存しないというべきところ、上告人が本訴の利益として主張する本件土地所有権の回復については、原審は、補助参加人の主張に基づき、国が上告人から自創法三条一項に基づき買収した本件土地につき、補助参加人が国から自創法一六条一項に基づき売渡しを受けて昭和二五年五月一一日にその旨の登記を経、補助参加人はその頃から一〇年間所有の意思をもつて平穏、公然に本件土地を占有し、その自主占有の始め、善意、無過失であつた、との事実を確定したうえで、補助参加人が時効により本件土地所有権を取得したことを肯定しており、右判断は、如上の説示に照らし、正当というべきであるから、上告人は、本訴において本件土地の買収計画の取消判決を得たとしても、これによつて右土地所有権を回復するに由なく、したがつて、この理由によつては、本訴につき訴えの利益を有するものとすることはできない。そして、上告人は、本訴における訴えの利益を肯定すべき事由としては、本件土地所有権の回復以外になんら他の権利利益の回復を主張していないから、結局本訴における訴えの利益は、これを否定するほかはない。

したがつて、本訴は、その訴えの利益を欠くものであるとして、これを却下した原審の判断は正当であつて、原判決には所論の違法はない。

論旨は、ひつきよう、独自の見解に立脚して原判決を非難するものであつて、採用することができない。

同第二点について。

本件土地を自創法に基づき国から売渡しを受けた補助参加人が売渡処分によつて右土地の所有者になつたと信じるのは当然のことであり、特段の事情のないかぎり、右処分または本件土地の買収計画、買収処分に瑕疵のないことまで確かめなくても、その占有の始め無過失であつたと認めるべき旨の原審の説示は正当であり(最高裁昭和四〇年(オ)第一四五二号同四一年九月三〇日第二小法廷判決・民集二〇巻七号一五三二頁、最高裁昭和四五年(オ)第二四一号同四五年五月一九日第三小法廷判決・裁判集民事九九号一六五頁参照)、上告人が右特段の事情について主張も立証もしなかつたことは原判決の指摘するとおりであるから、補助参加人が本件土地の占有の始め、悪意または重大な過失があつたものと解する余地はない。原判決に所論の違法はなく、論旨は採用することができない。

よつて、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。

(坂本吉勝 田中二郎 下村三郎 関根小郷 天野武一)

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